ほしいも神社の全貌!黄金鳥居の誕生秘話とご利益の真実を徹底解剖
茨城県ひたちなか市に鎮座する「ほしいも神社」は、元号が令和へと改元された2019年(令和元年)11月23日、新嘗祭の良き日に創建されました。歴史ある神社仏閣が多い関東地方において、極めて新しい神社でありながら、その根底には120年以上に及ぶ地域の産業史と深い信仰が息づいています。
ひたちなか市を中心とする那珂湊・阿字ヶ浦エリアは、日本の干し芋生産量の約9割を占める一大拠点です。明治時代初期、この地にサツマイモ栽培と加工技術を持ち込み、冷害や痩せ地に苦しむ農民を救った先人たち(宮崎利七、小川粂蔵、三熊長蔵、白土松吉ら)の功績は計り知れません。
母体となったのは、寛文12年(1672年)に水戸藩第2代藩主・徳川光圀(水戸黄門)公が創祀したとされる古社「堀出神社(ほりでじんじゃ)」です。この堀出神社の宮司が、「地域の誇りである干し芋の歴史を後世に伝え、農業関係者への感謝を捧げる場を作りたい」と発起したことが、設立の決定打となりました。単なる思いつきの観光名所ではなく、地域社会のアイデンティティと産業の発展を祈願する正統な趣旨のもとで設立された経緯を持ちます。