坂東玉三郎『鷺娘』伝説の全貌|演じ納めの真相と引き抜きの美
江戸時代・宝暦12年(1762年)に二代目瀬川菊之丞が初演した長唄舞踊『鷺娘』は、歴代の名女形たちが挑んできた屈指の大曲です。その系譜の中で、坂東玉三郎による『鷺娘』は、従来の枠組みを遥かに超えた幻想性と心理的リアリズムを吹き込みました。
玉三郎が初めて『鷺娘』を本興行で踊ったのは1968年(昭和43年)、わずか10代後半の時でした。以来、日本国内の主要劇場はもちろん、海外公演でも絶賛を浴び、2005年には歌舞伎座で通算500回上演という大記録を樹立。最終的に2009年4月の旧歌舞伎座さよなら公演をもって封印されるまで、記録された上演回数は通算569回に達しました。
当時、劇場に足を運んだ劇評家やファンが異口同音に語るのは、「幕が上がった瞬間に劇場内の温度が2度下がったように感じられた」という雪景色の凄みです。玉三郎が舞台中央に佇むだけで、単なる舞踊の枠を超え、観客全体を異界へ引きずり込むような張り詰めた緊張感を生み出していました。人間国宝として認定された後も、玉三郎の代名詞として『鷺娘』が筆頭に挙げられる理由は、まさにこの空間支配力にあります。