五味太郎の現在と名作の秘密|半世紀愛され続ける理由と子育て論
1977年の刊行以来、累計発行部数は300万部を突破し、ファーストブックの金字塔として君臨し続ける『きんぎょがにげた』。児童書の世界において、これほど長期にわたりトップセラーであり続ける作品は極めて稀です。多くの保育者や保護者が「生後10か月から2歳前後の乳幼児が、自らページをめくって指を差し続ける」とその不思議な吸引力を証言します。
この作品が子どもを捉えて離さない決定的な理由は、物語を通じた「お説教」や「情緒的な刷り込み」が徹底して排除されている点にあります。主人公であるピンク色のきんぎょは、理由もなく鉢から逃げ出し、カーテンの模様や鉢植えの花、果物皿のイチゴに擬態します。ここには「勝手に逃げてはいけません」という道徳も、「お母さんが心配しているよ」という感傷も存在しません。あるのは純粋な「かくれんぼ」という視覚的遊戯の快感だけです。
過去の五味太郎インタビューにおいて、本人は制作の背景について「子どもに何かを教えてやろうなんて考えたことは一度もない」「ただ、きんぎょがそこにいたら面白いんじゃないか、それだけのこと」と繰り返し述べています。一般的な幼児絵本が「大人が子どもに読み聞かせる構造」で作られているのに対し、本作は「子どもが絵の中から主体的に事実を発見する装置」として設計されているのです。視覚誘導の巧みさ、色彩の明度の高さ、そして何より子どもを一人の対等な観察者として信じ切る姿勢こそが、半世紀にわたり幼児たちの視線を釘付けにしてきた真相といえます。