革マル派の現在と実態|中核派との違いや拠点を公安データから徹底解明
新左翼の二大党派として並び称される「革マル派」と「中核派」ですが、その性格、活動スタイル、組織文化は対照的です。両派の根本的な違いを理解することは、戦後日本の治安史や学生運動史を整理する上で欠かせません。
1970年代から1980年代にかけて、両派は「内ゲバ」と呼ばれる熾烈な殺戮戦へ突入しました。1975年、革マル派は埼玉県川口市のマンションに潜伏していた中核派トップの本多延嘉書記長を襲撃・殺害。これに対し中核派も報復として革マル派の幹部や活動家を次々と急襲し、鉄パイプやバールを用いた襲撃により双方で100名以上の死者と数千人に及ぶ重軽傷者を出すという、近代日本治安史上稀に見る凄惨な抗争が繰り広げられました。
中核派が火炎瓶や迫撃弾を用いた派手なゲリラ事件を起こす一方で、革マル派は対立組織や警察無線の「組織的盗聴」や内部情報奪取に長けており、冷徹で緻密な情報収集活動を武器に敵対勢力を追い詰めていった点に大きな特徴があります。