香川照之と市川猿之助は腹違い?家系図から暴く血縁の真相
血縁上は従兄弟である二人が、これほどまでに「腹違いの兄弟」と混同された背景には、昭和から平成にかけて芸能マスコミを騒がせた3つの強烈な要因があります。
1. 父・二代目市川猿翁の「家庭崩壊」と藤間紫への出奔
最大の要因は、香川照之の生い立ちにまつわる壮絶な家族史です。1965年に結婚した二代目市川猿翁と浜木綿子ですが、香川がわずか1歳のときに猿翁は家庭を捨て、当時既婚者であった16歳年上の日本舞踊家・藤間紫のもとへと走りました。
幼少期から母・浜木綿子の手ひとつで育てられた香川は、父・猿翁と40年以上にわたって完全な断絶状態にありました。世間には「猿翁には別の女性との間に複雑な関係がある」という印象が強烈に刻み込まれ、長年離れて暮らしていた猿翁の元へ香川が戻った際、「猿翁が別の女性(藤間紫など)に産ませたのが市川猿之助で、香川と猿之助は異母兄弟なのではないか」という誤った図式が人々の脳内で結びついてしまったのです。
2. 2011年の「九代目市川中車」「四代目市川猿之助」同時襲名発表
2011年9月、歌舞伎界を揺るがす記者会見が開かれました。東京大学文学部を卒業し、日本アカデミー賞俳優として確固たる地位を築いていた香川照之が、46歳にして歌舞伎界へ入門し「九代目市川中車」を襲名することを発表したのです。
この会見の場で、従兄弟の市川亀治郎が「四代目市川猿之助」を、香川の実父である三代目猿之助が「二代目市川猿翁」を、そして香川の長男・政明が「五代目市川團子」を同時に名乗ることが発表されました。親子・従兄弟が一堂に会し、同じ屋号「澤瀉屋」を背負って再統合を果たした姿は、血縁構造を詳しく知らない一般視聴者に「猿翁の息子二人が同時に名跡を継いだ」という錯覚を与えました。
3. メディア露出における「兄弟のようなバディ感」と容貌の酷似
襲名後、二人はTBS系日曜劇場『集団左遷!!』や『半沢直樹』シリーズをはじめとする映像作品や、歌舞伎の舞台で度々共演しました。顔立ちの骨格や眼光の鋭さ、情熱的でケレン味あふれる演技スタイルが極めて似通っていたことも、「実は父親が同じなのではないか」という噂に信憑性を持たせる心理的バイアスとして働きました。