風間杜夫の現在と病気の真相|若い頃の伝説から落語・家族の最新動向
今日でこそ円熟味あふれる名優として知られる風間杜夫ですが、その若い頃の足跡は、熱狂と挑戦に満ちた波乱万丈の連続でした。早稲田大学第二文学部演劇専修を中退後、劇団表現劇場やつかこうへい事務所の舞台で頭角を現した彼は、日活ロマンポルノの現場で徹底的に映像演技の基礎を叩き込まれました。
日本映画界にその名を轟かせた決定打が、1982年公開の深作欣二監督作映画『蒲田行進曲』です。風間杜夫が演じた「倉岡銀四郎(銀ちゃん)」は、身勝手でありながらどこか憎めず、哀愁と色気が同居する稀代の当たり役となりました。本作の圧倒的な演技により、第6回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、第2回ヨコハマ映画祭助演男優賞などを総なめにし、瞬く間にトップスターの座へと駆け上がります。
翌1983年には、社会現象を巻き起こしたTBS系大ヒットドラマ『スチュワーデス物語』で教官・村沢浩役を熱演。主演の堀ちえみが放つ「教官!」という叫びとともに、端正な顔立ちと情熱的なキャラクターがお茶の間を席巻しました。海外メディアからも「日本のアラン・ドロン」と称賛されるほどの甘いルックスと確かな演技力は、昭和後期のテレビカルチャーを象徴するアイコンとなったのです。