加勢大周の現在と引退の真実|芸名裁判からバーテンダー転身までの激動
加勢大周(本名・川本伸博)の芸能界入りは、まさにシンデレラストーリーそのものでした。1990年、応募総数数万人規模とも言われたオーディションを勝ち抜き、桑田佳祐監督の映画『稲村ジェーン』の主人公・ヒロシ役に抜擢。サーフィンと青春を描いた同作は興行収入約18億円の大ヒットを記録し、加勢大周の名は一夜にして全国区へと轟きました。
180cmを超える長身と彫りの深いマスク、どこか哀愁を漂わせる若い頃の爽やかなヴィジュアルは、当時の若者カルチャーのアイコンとなりました。フジテレビ系ドラマ『キモチいい恋したい!』やTBS系『ADブギ』、社会現象を巻き起こした野島伸司脚本のドラマ『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』など、トレンディドラマからシリアスな人間ドラマまで幅広く出演。吉田栄作、織田裕二とともに「平成御三家」と称され、名実ともにトップスターの座を確立したのです。
当時、雑誌の表紙やCM契約を多数抱え、テレビで見ない日はないほどの過密スケジュールをこなしていた加勢大周。しかし、この急激なブレイクが、後に彼を縛り付ける過酷な利権争いの火種となっていきました。