江夏の21球の真相|古葉監督との確執と奇跡のスクイズ見破りを徹底解説
江夏の21球を理解する上で欠かせないのが、当時の1979年日本シリーズ第7戦における両球団の背景です。球団創設30年目にして悲願の初優勝を狙う広島東洋カープの日本一への経緯と、悲運の名将・西本幸雄監督率いる近鉄バファローズの激突は、3勝3敗のタイで最終第7戦までもつれ込みました。
運命の1979年11月4日、大阪球場で行われた決戦は、7回裏から登板した広島のリリーフエース・江夏豊が粘りの投球を見せ、4対3と広島が1点リードのまま最終回(9回裏)を迎えました。近鉄ファンで埋め尽くされた敵地で、初制覇まであとアウト3つ。しかし、ここから野球の神様が仕掛けたような波乱が始まります。
近鉄の先頭打者・平野光泰が初球をとらえてセンター前ヒットを放ち出塁。西本監督はすかさず代走に俊足の吹石徳一を送ります。続く代打・佐々木恭介への投球の合間に吹石が盗塁を成功させ、佐々木も強烈なヒットを放って無死一・三塁。さらに古葉監督は、続く打者を満塁策で敬遠させ、一瞬にして「9回裏・ノーアウト満塁」という、野球において後攻チームが逆転サヨナラ勝ちを収めるための最高のシチュエーションが完成してしまったのです。
1点取られれば同点、長打が出ればその瞬間に近鉄の日本一が決まる絶望的な状況。球場全体が地鳴りのような近鉄コールに包まれる中、マウンドの江夏が投じた全21球の真剣勝負が始まりました。