香川照之の歌舞伎転身と現在|市川中車の襲名理由と團子への継承の全貌
市川中車の歌舞伎における演技力への評価は、入門当初と現在とで大きく様変わりしています。襲名直後の2010年代前半、古くからの歌舞伎通や劇評家の間では「台詞回しが現代劇のままである」「腰が入っておらず、古典の立ち姿が美しくない」「歌舞伎特有の様式美が欠如している」といった厳しい指摘が相次ぎました。幼少期から身体に型を染み込ませてきた役者たちの中に交じると、どうしても所作の硬さや発声の異質さが目立ってしまったのは紛れもない事実です。
しかし、中車は年月に抗うことなく、己の強みを最大限に活かす方向へと舵を切りました。それが結実したのが、『義経千本桜』のいがみの権太や、『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門、『怪談牡丹燈籠』の伴蔵といった、人間の醜さや弱さ、生々しい欲望が渦巻く世話物の役柄です。映像分野で培ってきた卓越した心理分析力と狂気的な怪演力は、型に縛られがちな古典劇に圧倒的なリアリティを注入しました。
SNSや劇場アンケートに寄せられる現代の観客の声を見ても、「中車が出ると舞台の緊迫感が段違いになる」「歌舞伎の様式を超えた人間の生々しさに圧倒される」といった好意的な意見が多数を占めるようになっています。初期の技術的批判を、類まれなる表現力と熱量によってねじ伏せ、独自のポジションを確立したと言えます。