第44代横綱・栃錦の伝説|栃若時代から両国国技館建設までの全貌

第44代横綱・栃錦の伝説|栃若時代から両国国技館建設までの全貌に関する話題のニュースをまとめてご紹介します。最新情報を求める方は必見です。

栃錦の現役生活を語るうえで、生涯のライバルである初代若乃花(のちの第45代横綱・若乃花幹士)の存在を外すことはできません。1950年代後半、日本相撲協会公式サイトの記録や当時の相撲中継アーカイブが物語る通り、栃錦と若乃花が土俵上で繰り広げた激闘は「栃若時代(とちわかじだい)」と呼ばれ、大相撲史上最大のブームを巻き起こしました。

二人のライバル関係がこれほどまでに国民を熱狂させた背景には、技術と肉体、そして出自の対比という極めて美しいドラマ性がありました。江戸前の意気と鋭い出足、変幻自在の技で相手を手玉に取る「技の栃錦」に対し、青森の極貧生活から泥水をすするように這い上がり、異次元の背筋力による呼び戻しを得意とした「力と闘志の若乃花」。対照的なバックボーンを持つ二人の対決は、観る者それぞれの人生観を投影させる引力を持っていたのです。

栃錦と若乃花の通算対戦成績は、栃錦の19勝15敗(優勝決定戦を含めると栃錦の19勝16敗)。ほぼ互角の戦いの中で、最高潮に達したのが1960年(昭和35年)3月場所の千秋楽でした。この場所、両者ともに初日から14連勝を飾り、大相撲の歴史上初となる「全勝同士の横綱相星決戦」が実現したのです。

当時の報道によると、千秋楽の取組直前、蔵前国技館の館内は異様な緊張感に包まれ、静まり返る観客席のあちこちから唾を飲み込む音が聞こえるほどだったと記録されています。軍配が返り、立ち合いから激しく頭で当たった両者。栃錦が左前ミツを取り得意の体勢に持ち込もうとする刹那、若乃花が猛烈な圧力で寄り立て、最後は若乃花が寄り倒しで勝利を収めました。勝敗を超え、死力を尽くしてぶつかり合った二人の勇姿は、テレビ放送の急速な普及期とも合致し、全国民の記憶に深く刻み込まれました。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。