なぜ紅茶ゼロでこの味に?ロングアイランドアイスティーの度数と罠

なぜ紅茶ゼロでこの味に?ロングアイランドアイスティーの度数と罠の基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点でまとめました。

この独創的なカクテルは、一体どこで誰の手によって生み出されたのか。その起源には、カクテル史研究者の間でも議論が続く2つの有力な発祥説が存在します。

説1:1920年代・禁酒法時代のテネシー州密造酒説

アメリカで1920年から1933年まで施行された悪名高き「国家禁酒法」。この時代、取り締まりの目をかいくぐって酒を密造・密売していた酒場のひとつ、テネシー州キングスポートの「ロングアイランド」と呼ばれる中州地区で生まれたという説です。

「オールド・マン・ビショップ」という人物が、自宅にあったウイスキーやラムなど手当たり次第の蒸留酒をブレンドし、メープルシロップやレモンを混ぜて「見た目をアイスティーに偽装して連邦捜査官の摘発を逃れた」と伝えられています。のちに息子のランサム・ビショップが改良を加えたとされ、このエピソードは今なお禁酒法時代のアメリカン・スピリットを象徴する伝説として愛されています。

説2:1970年代・ニューヨーク州オークビーチ・イン説(公式認定)

一方、国際バーテンダー協会(IBA)の公式記録や現代のレシピ系統で広く支持されているのは、1970年代のニューヨーク州ロングアイランド発祥説です。

1972年、ハンプトンズ近郊にあるリゾートホテル「オーク・ビーチ・イン(Oak Beach Inn)」のトップバーテンダー、ロバート・“ローズバッド”・バット(Robert "Rosebud" Butt)が、トリプルセック(ホワイトキュラソー)を使った新しいカクテルコンテストの出品作として考案したと証言しています。バット氏が考案したレシピは、リゾート客の喉を潤す爽やかな夏のカクテルとして爆発的な人気を博し、瞬く間に全米から世界中のバーへと伝波していきました。

禁酒法のカモフラージュというロマンあふれる起源と、70年代ディスコ・リゾート文化が生んだ機能美。ふたつの歴史的背景が重なり合っていること自体が、ロングアイランドアイスティーのミステリアスな魅力を底上げしています。

加藤 愛美

加藤 愛美

エンタメ専門ジャーナリスト

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。