ほの字の語源と真相|なぜ死語と呼ばれつつ令和に再評価されるのか
ほの字の意味を一言で言えば、「特定の相手に惚れていること、またはその好意を抱いている様子」を指します。国語辞典や語彙資料(コトバンクなど)における定義を見ても、「惚れる」の頭文字である「ほ」に接尾語の「の字」を添えた名詞・形容動詞と位置づけられています。
この表現が成立する土台となったのが、室町時代の宮中言葉として知られる「女房言葉」です。当時、宮中に仕える女性(女房)たちは、露骨な物言いや直接的な名詞の口頭発信を忌み嫌い、品位を保つための婉曲表現を多用しました。たとえば、髪を「かもじ」、杓子を「しゃもじ」、酢を「すの字」と呼んだように、言葉の頭文字に「文字(の字)」を添えてぼかす言語習慣が存在したのです。
では、恋心を表す「ほの字」も宮中で生まれたのかというと、文献学的にはもう一段階の変遷を経ています。この女房言葉のしゃれた語法に着目したのが、江戸時代初期の花柳界、すなわち遊郭に集う通人たちでした。当時の遊女や客たちは、あからさまに「惚れた」「愛している」と口にするのを野暮とし、粋な江戸時代の隠語として「ほの字」を流行させたのです。
文献上の記録を紐解くと、1656(明暦2)年に刊行された評判記『寝物語』に次の記述が見られます。
「けいせいの、ほの字成知音に、すり切有。此品は是如何」(評判記・寝物語 二〇)
さらに1719(享保4)年初演、近松門左衛門の名作浄瑠璃『平家女護島』の三段目にも「そもじにたんとほのじじゃと」という台詞が登場します。遊女の義理と本気、秘められた慕情をやり取りする現場で、男女の好意表現として完全に定着していた動かぬ証拠です。
あわせて注目したいのが、語幹である惚れるの語源です。「ほれる」は古くは「心がぼんやりして正気を失う」「物に夢中になって我を忘れる」という意味の「恍ける(ほける・とぼける)」と同根とされます。理性を失うほど夢中になる様を、あえて「ほ」の字一つに圧縮し、余白を残して表現する――そこには、感情を真正面からぶつけない日本伝統の美意識が色濃く反映されています。