市川猿之助の一家心中はなぜ起きた?裁判供述と2026年現在の動向
事件前夜から発見に至るまでの経緯は、公判の冒頭陳述や法医学的所見によって時系列で詳細に明らかになっています。悲劇はわずか半日足らずの短い時間のなかで進行しました。
【市川猿之助 事件 タイムライン】
◆ 2026年5月17日 夕方〜夜
・週刊誌記者からハラスメント報道に関する直撃取材・事実確認が入る。
・猿之助が自宅で両親に事態を説明。「家族会議」において、生き恥を晒すよりは家族全員で来世へ行こうという合意が形成される。
◆ 5月17日 深夜
・猿之助自身が過去に通院先で処方されていた睡眠導入剤(向精神薬)を用意。
・すり鉢で粉末状にすりつぶした睡眠導入剤を水に溶かし、両親に手渡して服用させた。
・両親がリビングで横たわり意識を失った後、顔にビニール袋をかぶせ、首元を養生テープで留めるなどの措置を施した。
◆ 5月18日 早朝〜午前
・両親の死亡を確認した後、猿之助は自室の地下クローゼットへ向かい、遺書を作成。
・自らも首を吊って自死を図る。
・午前10時15分頃、マネージャーが異変に気づき自宅を訪問。倒れている3人を発見し119番通報。
司法解剖の結果、市川段四郎さんと延子さんの死因は向精神薬中毒(睡眠導入剤の大量摂取)と断定されました。現場には、親しい知人や付き人を務めていた舞台関係者のM氏に向けた遺書が残されており、「愛するM、次の世で会おう」「財産はすべてMに相続させる」といった主旨のメッセージや、舞台関係者へ公演中止を詫びる手紙が複数箇所に置かれていました。