内田裕也と樹木希林が40年別居婚を貫いた理由と遺産裁判の真相

内田裕也と樹木希林が40年別居婚を貫いた理由と遺産裁判の真相を詳しくリサーチ! 知っておきたい トピックの裏側を凝縮して配信します。

破天荒な両親の狭間で、最も過酷な現実に直面していたのは、一人娘として育った内田也哉子さんでした。幼少期から「父親が家にいない」「たまに会えば警察沙汰や突拍子もない騒動が起きる」という特異な環境に置かれ、学校や周囲の視線に苦悩し続けた日々は、日本テレビ系『ザ!世界仰天ニュース』の再現特番や、也哉子さん自身の著書でも赤裸々に語られています。

「なぜ、こんな無茶苦茶な人と結婚を続けているのか」。也哉子さんが抱き続けた怒りと疑問は、長きにわたる思春期の葛藤そのものでした。しかし、その家族の力学を劇的に好転させたのが、1995年に也哉子さんと結婚し、内田家に婿養子として入った俳優の本木雅弘さんの存在でした。

本木さんは、一般的な常識では測りきれない内田家のルールを拒絶するのではなく、独特の客観性と深い知性をもって受け止めました。気難しい義父・裕也さんとも適度な敬意と距離感を保ちながら向き合い、義母・希林さんの終活や病気療養を献身的に支えたのです。本木さんの加入によって、二人のハチャメチャな夫婦関係は「孤立した狂気」から「機能する家族のネットワーク」へと昇華されました。

そして迎えた2018年9月15日、樹木希林さんの最期の時。全身に転移したがん闘病の末、自宅で息を引き取る直前、ベッドサイドに置かれた電話のスピーカーから聞こえたのは、裕也さんの震える声でした。「裕也です。しっかりしろ!」。その呼びかけに、すでに意識を失いかけていた樹木さんの顎がかすかに動いたといいます。樹木さんの逝去直後、対面を果たした裕也さんは「見事な女性だった」「美しかった」と言葉を絞り出しました。その言葉通り、魂の伴走者を失った裕也さんは急速に衰弱し、わずか半年後の2019年3月17日、後を追うようにこの世を去りました。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。