日本の国旗「日の丸」の意味とは?赤と白の真実と歴史の深層

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日の丸の原型は、飛鳥時代にまで遡ります。推古天皇の時代、聖徳太子が遣隋使の小野妹子に託した国書にある「日出づる処の天子、日没する処の天子に書を致す」という一節は、自国を太陽が昇る国として位置づけた象徴的な記録です。文武天皇の時代(701年)の朝賀の儀式では、太陽を象った「日像」の幡(ばん)が掲げられたと『続日本紀』に記されています。

中世の武家社会に入ると、源平合戦を契機に旗の様式が変化します。平氏が「赤地に金丸」を用いたのに対し、源氏は「白地に赤丸」を掲げて勝利を収めました。以降、源氏の末裔を称する足利幕府や徳川幕府、さらには織田信長や豊臣秀吉などの武将たちも日の丸の意匠を軍旗や扇に採用し、武家の正統性を示すシンボルとして継承されていきました。

日の丸が地域や武家を超え、「日本全体の象徴」として公式に定められたのは幕末期です。黒船来航により開国を迫られた江戸幕府に対し、薩摩藩主・島津斉彬(しまづなりあきら)が「外国船と日本船を明確に識別するため、日本総船印として白地に赤丸の日の丸を用いるべき」と強く進言しました。安政元年(1854年)、幕府はこれを受理し、日の丸は事実上の国旗として海上に翻ることとなりました。

明治維新後の1870年(明治3年)、太政官布告「郵船商船規則」によって商船に掲げる旗として規格が定められ、実質的な国旗として扱われ続けます。そして、激動の昭和期を経て、1999年(平成11年)8月13日に公布・施行された「国旗及び国歌に関する法律(国旗国歌法)」によって、名実ともに日本の国旗として法制化されました。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。