文壇の巨頭・江藤淳の自死の真相と遺書全文|戦後日本に放った警鐘
江藤淳の生涯において、文学的にも政治的にも最も濃密な関係を結び続けたのが、同い年(1932年・昭和7年生まれ)の作家・石原慎太郎でした。
石原が『太陽の季節』で芥川賞を受賞し、若者の旗手として時代の寵児となった際、同世代の批評家として江藤はその才能をいち早く見抜いて論評しました。二人は若き日から激しく議論を交わし、ときに反発し合いながらも、戦後民主主義に対する共通の違和感を抱く同志として共闘を続けました。
江藤は石原の政界進出を支え、石原もまた江藤の該博な知性と鋭利な批評眼に絶大な信頼を寄せていました。しかし、1999年4月に石原が東京都知事に当選した直後、江藤は病に倒れ、7月に帰らぬ人となります。
自死の一報を受けた石原慎太郎は、公の場で絶句し、「江藤は自分の肉体と精神の完璧主義に殉じた。あまりにも彼らしいが、あまりにも残酷だ」と慟哭に近い追悼の辞を残しました。行動する政治家となった石原と、言葉の純粋性に殉じた江藤。戦後日本の保守思想を牽引した二人の巨人のコントラストは、昭和から平成の知的精神史を象徴しています。