永井荷風『断腸亭日乗』の全貌!空襲の真実と孤高文士が残した奇跡

永井荷風『断腸亭日乗』の全貌!空襲の真実と孤高文士が残した奇跡にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

Q1:文庫本で揃えると何巻くらいあり、初心者はどこから読み始めるのが安全ですか?
A1:定本である岩波文庫版は全7巻(別巻を含めるとさらに増巻)に及び、総ページ数も膨大です。文語体に不慣れな初心者は、まず代表的な名場面(関東大震災の1923年、東京大空襲の1945年)を中心に抜粋した「ちくま文庫の新編選集」や、現代語訳アンソロジーから入ることを強く推奨します。

Q2:日記の中に登場する「偏奇館」とはどのような場所だったのですか?
A2:現在の東京都港区六本木一丁目(旧・麻布市兵衛町)に荷風が設計・新築した木造二階建ての洋館です。外壁が濃い洋風のペンキ塗りであったことから「ペンキ館」をもじって「偏奇館」と命名されました。荷風はこの書斎で約25年間暮らし、多くの名作と日記を執筆しましたが、1945年5月の山手空襲で全焼しました。

Q3:荷風の最期の日記にはどのようなことが書かれていたのですか?
A3:亡くなる前日である1959年(昭和34年)4月29日の記述は、天候(晴)に続いて、市川の行きつけの食堂「大黒家」で昼食をとり、帰宅後に読書をしたという、いつもと変わらぬ日常の風景でした。翌30日朝、自宅の部屋で吐血して倒れているところを発見され、波乱に満ちた生涯を静かに閉じました。

中島 亮太

中島 亮太

写真家・フォトエディター

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。