スピッツの歌詞はなぜ怖い?爽快な名曲に潜む心中説と死生観の真相
1995年に大ヒットを記録し、スピッツの名を不動のものにした『ロビンソン』もまた、死の解釈が絶えない楽曲の一つです。ファンや批評家の間では、「すでに亡くなってしまった大切な人のもとへ旅立つ(後追い)歌」ではないかという議論が長年続けられています。
「河原の道を自転車で走る」というノスタルジックな導入から一転、サビでは「誰も触れない二人だけの国」「ルララ 宇宙の風に乗る」という浮遊感のある異界へと意識が飛翔します。この「二人だけの国」を現実の逃避行と捉えるか、あるいは現世には存在しない死後の世界と捉えるかで、楽曲の持つ色彩は180度変化します。
スピッツの歌詞における死生観は、決して暗くじめじめしたものではありません。現世のしがらみや孤独から解放され、宇宙の塵となって溶け合っていくような、透明感に満ちた死の受容がそこには描かれています。だからこそ、聴く者は無意識のうちに美しさと恐ろしさの両面を感じ取ってしまうのです。