古葉竹識が遺した赤ヘル黄金期と逆境を制する名将のマネジメント哲学
グラウンド上では一切の妥協を許さない厳格な指揮官として知られた古葉氏ですが、ユニフォームを脱いだ私生活では温和で家族思いの一面を持っていました。厳しい勝負の世界で神経をすり減らす夫を陰で支え続けた妻・千代美さんの存在は大きく、遠征先から毎日のように自宅へ連絡を入れ、家族の安否や息子の様子を気にかける姿が関係者によって語られています。
息子の古葉隆明氏は、父の背中を追って野球の指導者への道を歩みました。古葉氏が晩年に情熱を注いだ東京国際大学硬式野球部では、父が監督を務める傍らでコーチや監督代行として支え、後に自らも監督に就任して父の教えを継承。単に勝敗を追求するだけでなく、礼儀作法や社会人としての基礎を徹底する「古葉流の教育方針」は、親子二代にわたって脈々と受け継がれました。
2026年11月12日、古葉竹識氏は心不全のため85歳でこの世を去りました。公の場で見せる優しい笑顔の裏で、晩年まで野球界の行く末を案じ、後進の育成に情熱を傾け続けた生涯でした。訃報に際しては、かつての教え子たちから「父親のような存在だった」「勝つことの厳しさと喜びを教えてくれた」と哀悼の意が相次ぎ、その人格者ぶりが改めて浮き彫りとなりました。