神戸・保久良神社はなぜ古代の聖地か?巨石磐座とカタカムナの真実
保久良神社が「古代ミステリーの聖地」と称される最大の理由は、境内を取り囲むように林立する磐座群(巨石遺構)と、有史以前から続く火座(ほくら=烽火・灯台)信仰にあります。本殿の背後や周囲には、人工的に配置されたとしか思えない巨石や立石が円環状に連なっており、古代人による天体観測や神降ろしの祭儀場であった痕跡が極めて明瞭に残されています。
社伝および『延喜式神名帳』に記された保久良神社の由緒と歴史を紐解くと、主祭神として祀られているのは須佐之男命、大己貴命、少彦名命、そして神武東征の先導役を務めたとされる椎根津彦命(しいねつひこ / 珍彦)です。古くから大阪湾を行き交う舟人たちにとって、この山腹に灯された篝火(かがりび)は航海安全を守る命綱であり、「火倉(ほくら)」が神社名の由来になったと伝えられています。
さらにこの地を特異な存在たらしめているのが、昭和24年(1949年)に電気物理学者・楢崎皐月(ならさきさつき)氏が遭遇したとされる「カタカムナ文献」の存在です。金鳥山付近で大地電気測定の実験を行っていた楢崎氏が、平十字(ひらとうじ)と名乗る猟師から見せられた巻物に記されていた謎の図象文字。これが後に保久良神社とカタカムナ文明を結びつける決定打となり、古代の超科学や潜象物理を追究する人々にとっての聖域として定着しました。