手塚治虫とやなせたかしの関係の真相|虫プロ秘話と天才が嫉妬した才能
漫画ファンの間で語り草となっているのが、手塚治虫の「凄まじい嫉妬心」とやなせたかしへの感情です。
手塚治虫は、同業者の才能に対して人一倍敏感で、激しいライバル心を燃やす人物として知られていました。石ノ森章太郎、白土三平、水木しげる、大友克洋など、新しい才能が登場するたびに「あれは僕にも描ける」「僕のほうがもっと面白くできる」と公言して悔しがった逸話は枚挙にいとまがありません。
では、手塚はやなせたかしに対してどのような感情を抱いていたのでしょうか。
当時の対談記録や出版関係者の証言によると、手塚がやなせに対して抱いていたのは、単なる漫画の技法への対抗心というよりも、「やなせが持つマルチな文化的センスと、誰からも愛される人間的ダンディズムへの嫉妬と羨望」でした。
手塚治虫は自らを「漫画に呪われた人間」と自覚し、命を削るように原稿用紙に向かい続けていました。一方でやなせたかしは、詩を書き、シャンソンを愛し、舞台を演出し、サンリオの雑誌『詩とメルヘン』の編集長として数々の新人イラストレーターを育てるなど、洗練されたカルチャーの真ん中で飄々と生きていたように見えたのです。
手塚はある対談の席で、やなせに対して「やなせさんはいいですね、漫画だけでなく詩も歌もあって、実にスマートでおしゃれで」とチクリと皮肉めいた言葉を投げかけたことがあります。しかしその裏には、「自分は泥臭く漫画を描き続けることしかできない」という手塚特有の孤独なプロ意識と、やなせの多彩な美意識に対する本物のリスペクトが同居していました。
一方のやなせも、手塚の命を削るような執筆量と圧倒的なストーリーテリングを目の当たりにして、「自分は手塚さんのような本格的な漫画家には絶対になれない」という劣等感を生涯抱え続けました。だからこそ、やなせは少年誌のメインストリームではなく、「幼児向けの絵本」や「詩とイラストの融合」という独自のブルーオーシャンを切り拓くことになったのです。