松平健の若い頃が美しすぎる!暴れん坊将軍の秘話とイケメン伝説
名優としてのキャリアは、決して平坦なエリートコースではありませんでした。ここで松平健の基本プロフィールと初期の歩みを整理します。
松平健(本名:鈴木末七=すずき・すえしち)は、1953年(昭和28年)11月28日生まれ。7人兄弟の末っ子として愛知県豊橋市に生まれました。中学卒業後は地元で寿司職人の見習いとして働いていましたが、俳優への夢を諦めきれず、単身上京して劇団ひまわりに入団します。
転機が訪れたのは1974年、20歳の時でした。当時、映画界の巨頭として君臨していた勝新太郎への弟子入りを決意し、勝プロダクションの門を叩きます。当時のインタビュー手記によると、関係者の紹介を経て面会を果たした際、勝新太郎は松平健の鋭い眼光とただならぬ佇まいを一目で見抜き、即座に付き人として手元に置くことを決めたと伝えられています。
芸名である「松平健」の命名にも師匠の深い思い入れがありました。徳川家にゆかりの深い「松平」の姓に、本人の持つ健やかさとたくましさを込めて「健」と名付けられたのです。付き人時代は早朝からの身の回りの世話や運転手、撮影現場での雑用をこなしながら、勝新太郎の圧倒的な芝居勘や殺陣の呼吸を間近で徹底的に吸収しました。この濃密な徒弟修行こそが、後の躍進を支える技術と精神力の源泉となりました。