なぜGhqは第一生命を選んだのか?皇居前の執務室と記念室の真実
第一生命館の6階に位置する第一生命 マッカーサー 執務室(旧社長室、現・マッカーサー記念室)には、元帥が愛用した家具や備品が今も当時の配置のまま保全されています。その中でもひときわ異彩を放っているのが、中央に据えられた木製の執務机です。
この机の最大の特徴は、「引き出しが一つもない」点にあります。この事実について、かつて第一生命関係者や取材陣の間で広く検証が行われました。マッカーサー自身は「書類を引き出しにしまえば、決断を先送りにする。目の前にある案件はその場で即決・処理し、机の上には常に何も残さない」という徹底した合理主義と決断の哲学を持っていたと伝えられています。
1951年(昭和26年)4月、朝鮮戦争を巡るトルーマン大統領との対立により突如解任されたマッカーサーは、この部屋を去りました。そして翌1952年(昭和27年)のサンフランシスコ平和条約発効に伴い、建物は第一生命へと接収解除(返還)されます。同社は復帰後、社長室を別の場所へ移し、元帥が使ったこの一室を歴史的モニュメントとして保存する決断を下しました。
さらに興味深いエピソードとして、1995年(平成7年)頃にアメリカ・カリフォルニア州のテレビ番組でこの記念室が特集された際、それを見たジーン・マッカーサー夫人が「元帥の思い出の品は、大切に保存してくれている日本の第一生命に託すべき」と語り、元帥愛用の遺品が同社へ寄託・寄贈されたという事実があります。戦後の確執を超えた日米の歴史的対話が、この静かな一室に結実しています。