フット後藤輝基の若い頃が超イケメン!尖り時代の真相と現在を徹底比較
後藤輝基がお笑いの世界に足を踏み入れたのは、1994年のNSC大阪校14期生としての入学がきっかけでした。同期には陣内智則、野性爆弾、次長課長(13期扱いの場合もあるが同世代)など、後にバラエティ界を牽引する強烈な才能がひしめき合っていました。
当時、後藤は天野裕加里と「エレキグラム」というコンビを組んで活動していました。ベースボイスの効いたキレのあるしゃべくり漫才を展開し、若手の中でも早くから頭角を現していたものの、周囲への対抗心と若さゆえのプライドから、当時の後藤は「触るものみな傷つける」ようなトゲトゲしいオーラを放っていたといいます。しかし、志半ばでエレキグラムは1999年に解散を迎えます。
ほぼ同時期、NSC同期生で「ドレス」というコンビを組んでいた岩尾望も解散を経験していました。劇場で岩尾の圧倒的なボケの才能を誰よりも高く評価していた後藤は、自ら声をかけて1999年に「フットボールアワー」を結成します。イケメンで攻撃的なツッコミの後藤と、強烈な個性と独特の間を持つ岩尾。水と油のようにも見えた2人の融合こそが、お笑い界の勢力図を大きく塗り替える歴史的転換点となりました。