ブロンソンが救ったマンダムの倒産危機|Cm誕生秘話と名セリフの全真相
この大勝負の演出を託されたのは、後に『転校生』や『時をかける少女』などの名作映画を世に送り出すことになる若き映像作家、大林宣彦監督でした。当時、大林氏はインディペンデント映画や先鋭的なテレビCMの旗手として知られていましたが、当時のハリウッド大スターが日本の企業広告に出演するなど前代未聞の時代でした。ハリウッドにおいて「テレビCMに出ることは都落ち」と見なされていたためです。
大林監督と制作陣は、直接チャールズ・ブロンソンと交渉するため渡米しました。ロサンゼルス・ベルエアにあるブロンソンの私邸を訪れた制作チームは、小手先の商品アピールではなく、「一人の男が孤独と対峙し、大自然の中で自己を研ぎ澄ますショートフィルムを撮りたい」という演出意図を情熱的にプレゼンテーションしました。貧しいリトアニア移民の炭鉱夫家庭から泥臭く這い上がってきたブロンソンは、その野性味と品格を重んじるコンセプトに深く共鳴し、出演を快諾したと伝えられています。
撮影はブロンソンの広大な邸宅や米西海岸のロケーションで行われました。埃まみれになって馬を駆り、プールへ飛び込み、シャツを脱ぎ捨てて全身に化粧水を浴びるようにパッティングする姿は、従来の「清潔でお行儀の良い化粧品広告」の常識を根底から覆すものでした。そしてラストカット、濡れた髪をかき上げ、自らの顎を撫でながら発せられたセリフが「Umm, Mandom...(う〜ん、マンダム)」でした。
関係者の回想録によると、当初の台本では淡々とブランド名を呟く指定でした。しかし、本番テイクでブロンソンがふと漏らした深いため息と、満足げな男の笑みが混ざり合った瞬間、大林監督は「これこそが男の世界だ」と確信し、そのまま本編に採用されました。偶然と必然が生み出したこのワンフレーズが、日本列島を揺るがすパワーワードとなったのです。