富士山の歌の謎を解明!正式名称や誕生秘話と2番歌詞の全貌
インターネット上の掲示板や知恵袋、SNS上では、「富士山の歌」に関してさまざまな憶測や誤った情報が飛び交うケースが散見されます。調査報道の観点から、代表的な3つの噂の真偽を検証します。
噂1:「富士山の歌」には全く別の歌詞が存在し、盗作疑惑がある?
この噂は完全な混同と誤認です。真相は、文部省唱歌『ふじの山』(1911年)が発表される11年前の1900年(明治33年)、同じく巌谷小波が作詞し、納所弁次郎が作曲した『富士山』という別の唱歌が『幼年唱歌』に掲載されていたことに起因します。
その初期の曲は「連綿(れんめん)と聳(そび)ゆる山は……」といったやや難解な文語表現を含んでいました。同じ作詞者が同一のテーマで数年後に「より平易で親しみやすい決定版」として作り直したのが現在の『ふじの山』であり、盗作ではなく自己の創作的昇華でした。この2つの楽曲情報がネット上で混ざり合い、「隠された原曲疑惑」という都市伝説を生み出したのです。
噂2:静岡県と山梨県の間で作詞者をめぐる領有争いがあった?
「富士山のどちら側から見た景色を歌ったのか」という論争は、地元住民やファンの間でしばしば語り草になります。しかし、作詞者の巌谷小波は東京・麹町の生まれであり、特定の県に肩入れして執筆したわけではありません。
小波自身は東海道線を旅した際の車窓からの眺望や、各地への口演旅行で目にした富士の雄姿を心に留め置いていました。歌詞中にある「四方の山を見おろして」というフレーズからも明らかなように、特定の登山ルートや特定県からの視点に限定せず、日本全土を睥睨する抽象的かつ普遍的な存在として富士山を描いているのが実態です。
噂3:メロディは海外民謡のパクリ(借用)ではないのか?
明治期の唱歌には『蛍の光』(スコットランド民謡)や『蝶々』(ドイツ民謡)のように、西洋民謡に日本語歌詞を当てはめたものが多数存在します。そのため『ふじの山』も同様の舶来メロディではないかと疑われることがありました。
しかし、文部省の編纂記録および東京音楽学校の資料を精査すると、『ふじの山』は完全な日本人作曲陣によるオリジナル創作です。西洋音楽の長音階を取り入れつつも、日本人が直感的に心地よいと感じる「ヨナ抜き音階(ファとシを避けた旋律)」に近い節回しを巧妙にブレンドしており、和洋折衷の音楽的達成として高く評価されています。