越山会の女王・佐藤昭子とは何者か|田中角栄の金庫番と愛憎の真実
田中角栄をめぐる人間模様の中で、最も激烈を極めたのが「田中真紀子と佐藤昭子の関係」です。本妻・はなの実子であり、後に自らも外務大臣などを歴任することになる長女・田中真紀子にとって、父を独占し、政治資金と後援組織を牛耳る佐藤昭子の存在は到底容認できるものではありませんでした。
二人の冷戦が決定的な破局を迎えたのは、1985年(昭和60年)2月27日のことです。角栄が脳梗塞に倒れ、言語機能と身体の自由を奪われた瞬間、権力構造は劇的に反転しました。真紀子は目白台の私邸を固め、佐藤昭子を含む秘書グループの立ち入りを一切拒否。昭子は入院中の病室への面会すら許されませんでした。
さらに真紀子は、佐藤昭子が拠点としていた砂防会館内の越山会本部や平河町の田中事務所の鍵を直ちに取り替えさせ、実質的な「永田町追放」を断行しました。長年、角栄の政治生命を支えてきたという自負を持つ昭子にとって、一切の対話の機会を与えられぬまま門前払いにされた屈辱は筆舌に尽くしがたいものでした。この瞬間、30年以上にわたり永田町を支配した「越山会の女王」の権勢は音を立てて崩壊したのです。