麻原彰晃の死刑執行当日の全真相と最期の言葉|遺骨の現在と教団動向
地下鉄サリン事件から23年の歳月を経て執行された麻原彰晃の死刑は、日本の司法史上でも極めて異例の厳戒態勢の中で断行されました。2018年7月6日早朝、東京・小菅の東京拘置所周辺には夜明け前から不穏な緊張感が漂い、報道陣のヘリコプターが旋回する中、法務省による執行指揮が下されました。
長年の拘禁生活を経て心身の荒廃が進み、意思疎通が完全に不可能とされていた教祖が、自らの死と向き合った刑場の空間で何を見せていたのか。死刑執行から年月が経った今、明かされた最期の様子とはどのようなものだったのでしょうか。法務関係者の証言録や報道各社の粘り強い追跡取材によって明らかになったのは、かつて法廷で尊大な態度を取り続けた「絶対的救済者」の姿とはあまりにかけ離れた、ひとりの衰弱した男の無力な現実でした。
死刑執行当日の朝、独房の扉が開かれ、刑務官から執行の旨を告げられた際、麻原は暴れるような激しい抵抗こそ見せなかったものの、喉から「グフッ」という絞り出すようなうめき声を漏らしたと伝えられています。教団がかつて誇示した「ポア(救済を名目とした殺人)」や「解脱」という超常的な教義のかけらもなく、死の恐怖に直面した生々しい身体反応だけがそこに横たわっていました。