日本の旧国名と都道府県の違いとは?令制国68国の謎と廃藩置県の真相
社会学者のモーリス・アルブヴァックスが提唱した「集合的記憶」の概念を引くまでもなく、地名とは単なる記号ではなく、その土地に暮らす人々の歴史的アイデンティティそのものです。
明治期の廃藩置県、昭和の大合併、そして平成の大合併に至るまで、日本の地方自治は統治の効率化を名目に幾度となく行政界線を書き換えてきました。その結果、全国各地で古くからの由緒ある字(あざ)や町名が消滅し、「ひらがな地名」や抽象的な方角地名へと置き換わったことで、地域の歴史的文脈が喪失したという批判は今なお根強く存在します。
そうした近代化・効率化の荒波をくぐり抜け、1300年もの間、人々の口から口へと受け継がれてきた「旧国名」は、いわば日本人の無意識に刻まれた「消せない記憶のコード」です。現代の地域創生やブランディングにおいて、単に「〇〇県産」と謳うよりも「越後」「丹後」「阿波」などの旧国名を掲げたほうが高い付加価値を生み出せる理由は、そこに風土と歴史に裏打ちされた真正性(オーセンティシティ)が宿っているからです。
【旧国名を学ぶべき人・深入りを避けるべき人】 旧国名の学習は、国内旅行を趣味とする人、歴史小説や大河ドラマを深く楽しみたい人、あるいは地方創生やマーケティングに携わるビジネスパーソンにとっては必須の教養です。地図上の点が線と面で結ばれ、土地の文脈が一瞬で立体的に見えてきます。一方で、近代以降の行政機構や統計分析のみを専門とする公務員試験や実務の現場においては、旧国名の境界線(例えば現在の兵庫県が摂津・丹波・但馬・播磨・淡路の5国に跨がっている複雑さなど)に過度にとらわれすぎると、現代の行政データ分析で混乱を招くリスクがあるため、用途に応じた割り切りが肝要です。