不惑の大砲・門田博光の生涯|死因と晩年、不滅のフルスイング伝説
門田氏の代名詞といえば、豪快にヘルメットを飛ばすほどのフルスイングです。しかし、この打撃スタイルが完成した背景には、選手生命を脅かす絶望的な悲劇がありました。
1979年2月、春季キャンプ中のアクシデントで右アキレス腱断裂という重傷を負います。当時の医学水準では「選手生命の終わり」を意味するほどの致命傷でした。走力を失ったスラッガーは、引退の危機に直面しながらも独自の活路を見出します。
「走れないなら、ゆっくりダイヤモンドを一周できるホームランを打てばいい」――。そう腹を括った門田氏は、下半身の踏ん張りに頼らず上半身と体幹のねじれを極限まで活かす打法へとシフト。1980年の復帰以降、指名打者(DH)を主戦場としながら驚異的なペースでアーチを量産し、不死鳥のごとき復活を遂げたのです。