宇多田ヒカルと両親の光と影|藤圭子と照實が遺した天才の血脈
宇多田ヒカルの驚異的なブレイクを語る上で、父・宇多田照實のプロデュース能力を過小評価することはできない。1990年代の日本の音楽業界において、既存の芸能プロの論理に組み込まれず、ファミリーカンパニーであるU3 Music主導で活動方針を決定していくスタイルは極めて異例だった。
父・照實は、娘の並外れた音楽的才能を搾取から守る防波堤となり、同時に海外基準のサウンドプロダクションを徹底して持ち込んだ。安易なテレビ露出を制限し、ラジオ発のプロモーションや音質への徹底したこだわりを貫いた戦略は、彼女を「一発屋のティーンアイドル」ではなく「本格派シンガーソングライター」として確立させる決定打となった。時にメディアから過保護や強硬と批判されようとも、娘の創作の自由を最優先に守り抜いた父の存在がなければ、世界水準のマスターピースの数々は生まれ得なかった。