Fc東京発祥の聖地・東京ガス大森グラウンド跡地の現在と閉鎖の真相
1999年のJリーグ(J2)参入、そして翌2000年のJ1昇格という急速なプロ化の波は、練習拠点のあり方にも抜本的な変革を迫ることになりました。FC東京として新たなスタートを切る過程で浮上したのが、FC東京小平グランド(東京都小平市)への全面移転です。 大森グラウンドからの移転が決断された最大の理由は、プロフェッショナルクラブに求められる施設基準のクリアにありました。当時の大森グラウンドは、サッカー部と硬式野球部が共有するスペースも多く、プロアスリートが日常的に使用するフルサイズの天然芝ピッチの通年維持や、クラブハウス、メディカルルーム、リカバリー施設の一体的な拡充には敷地的な制約が存在していました。さらに、当時のホームスタジアム構想(後の味の素スタジアム)を見据えた際、練習拠点を多摩地域・小平市へと集約することがクラブ運営上の合理的選択と判断されたのです。 一方、硬式野球部の練習拠点や総合グラウンドとして残された敷地全体の閉鎖理由には、東京ガスグループ全体の経営環境の変化と資産戦略が色濃く影響しています。2000年代以降のエネルギー自由化の進展や企業スポーツの見直し、さらには羽田空港に隣接する大田区臨海部の土地需要の高まり(物流適地としての資産価値向上)を受け、施設解体と売却、あるいはグループ内での高度再開発という経営判断が下されることとなりました。