不可思議/Wonderboy事故の真相|24歳で急逝した死因と語り継がれる詩
不可思議/wonderboy(本名非公開)は、1986年12月30日生まれ。言葉に対する鋭敏な感覚を持っていた彼は、大学時代からスポークン・ワーズ(朗読劇)やラップバトルに身を投じました。2009年には、言葉の格闘技とも呼ばれる朗読詩の大会「SSWS(新宿スポークン・ワーズ・スラム)」で初代グランドチャンピオンに輝き、アンダーグラウンドの表現者たちの間でその名が一気に知れ渡ります。
ヒップホップの定型的なライミングにとどまらず、自らの心象風景をストレートに吐き出す彼のスタイルは、新進気鋭のインディーズレーベル「LOW HIGH WHO? PRODUCTION」に見出されました。トラックメイカーでありレーベル代表のParanel氏らと共鳴し、彼は音楽としてのポエトリーリーディングを確立していきます。一般的なラッパーが誇示するマッチョイズムや富とは対極にある、市井に生きる若者の怯え、孤独、未来へのもがきを赤裸々に言葉へ変換していったのです。
その真骨頂となったのが、日本を代表する国民的詩人・谷川俊太郎氏の代表作「生きる」の楽曲化でした。著作権の管理が非常に厳格な谷川氏の詩に対し、不可思議/wonderboyは自らのデモ音源と熱烈な手紙を携えて自ら許諾申請を行いました。音源を聴いた谷川氏本人がその圧倒的な熱量に心を動かされ、「言葉が生きている」と公式にラップ化を快諾したエピソードは、彼の情熱と表現力の高さを象徴する伝説として語り継がれています。