東京十社・王子神社の真実|開運厄除と髪の神様が秘めた歴史の力
王子という地名そのものの発祥となった王子神社の起源は、鎌倉時代末期の元亨2年(1322年)に遡ります。当時の領主であった豊島氏が、紀伊国(現在の和歌山県)に鎮座する熊野三山から「若一王子(にゃくいちおうじ)」を勧請し、領内の総鎮守として祀ったことが始まりと伝えられています。これ以降、この一帯は「王子の村」と呼ばれるようになり、現代の北区中核エリアへと発展していきました。
江戸時代に入ると、初代将軍・徳川家康公が社領として200石を寄進したのを皮切りに、歴代幕府の手厚い保護を受けることとなります。特に三代将軍・徳川家光公の乳母として権勢を振るった春日局は、家光公の病気平癒と武運長久を祈願し、社殿の造営に深く寄与しました。明治元年には明治天皇より東京の鎮護を担う「准勅祭社(じゅんちょくさいしゃ)」に定められ、昭和期に制定された東京十社巡りの重要拠点として現在も高い格式を誇っています。
また、毎年8月の例大祭で奉納される王子神社田楽舞は、北区指定無形民俗文化財および国選択無形民俗文化財に指定されている貴重な古典芸能です。中世の田楽の古態を今に伝える優美な舞は、歴史ファンや民俗学者からも東日本を代表する神事芸能として極めて高い評価を受けています。