『早春賦』の天才作詞家・吉丸一昌の生涯と時を超えた名曲の真相
明治後期、日本の音楽界は大きな曲がり角を迎えていた。西洋音楽の急速な流入に伴い、日本独自の詩情をいかに子供たちの教育へ組み込むかが急務とされていたのである。その最前線に立っていたのが東京音楽学校だ。
教授に就任した吉丸は、日本独自の情緒を活かした歌詞の創造に情熱を傾けた。彼が主導して編纂された『新作唱歌』シリーズは、従来の画一的な文部省唱歌に新風を吹き込む一大プロジェクトとなった。当時、若くしてこの世を去った滝廉太郎の情熱を引き継ぐかのように、吉丸は子供たちが口ずさみやすく、同時に日本語の美しさを極限まで高めた作品を次々と生み出していった。