太宰治の孫・津島淳が明かす!名門一族の知られざる真実と覚悟
青森県金木町(現・五所川原市)に君臨した大地主・津島家。太宰治こと本名・津島修治は、この旧家の六男として生を受けた。政治家を多数輩出した名門にあって、修治は家父長制の重圧に反発し、自らの内面を削り出すようにしてペンを走らせ続けた。その複雑な葛藤こそが、今なお読み継がれる数々の名作を生み出した源泉でもある。
太宰の四女である津島園子氏と、厚生大臣などを歴任した重鎮政治家・津島雄二氏の間に生まれたのが津島淳氏だ。つまり、淳氏にとって太宰は母方の祖父にあたる。父方が築いた強固な政治基盤と、母方が宿す濃密な文学的遺産。二つの巨大な看板を背負って生きる道は、決して平坦なものではなかった。
地元・青森では「津島」の姓は特別な響きを持つ。名門の誇りと同時に、破滅へと向かった文豪の影が常に付きまとう。家系図を辿れば、大地主から政治家、文豪、そして再び政治家へとバトンが渡される過程で、家を守る者と家を飛び出す者の相克が色濃く刻まれていることが浮き彫りになる。