「東洋の魔女」伝説の真相と現在|大松監督の指導と金メダルへの全軌跡
チームを牽引したキャプテンの河西昌枝(かさい まさえ)氏(結婚後の本名:中村昌枝)のリーダーシップは際立っていました。セッターとして変幻自在の攻撃を組み立て、どんな強打も拾い上げる守備の要としてチームを統率した彼女は、引退後も日本バレーボール界の発展に尽力。日本女子代表のコーチや日本バレーボール協会理事を務め、2008年にはバレーボール殿堂入りを果たしました(2013年に80歳で逝去)。
その他の主要メンバーたちも、東京五輪後にそれぞれの道を力強く歩みました。
- 井戸川(旧姓・谷田)絹子氏:「東洋の魔女のメインスパイカー」として大活躍。引退後は後進の指導や講演活動に尽力。
- 磯部サダ氏:チーム最年少の19歳で出場し、類まれな運動神経でコートを駆け巡った名アタッカー(2016年逝去)。
- 宮本恵美子氏:強烈なスパイクと粘り強いレシーブで勝利に貢献。引退後も地域スポーツの振興に寄与(2026年逝去)。
- 佐々木節子氏・松村好子氏:卓越したチームワークを支え、五輪後も日本のバレー界や教育現場でその精神を伝え続けた。
歳月が流れた現在、多くのメンバーが天国へと旅立ちましたが、彼女たちが残した誇り高きスピリットは、今も現役の日本代表選手たちやスポーツファンの胸に深く刻まれています。