終戦後に夫婦で散った『妻と飛んだ特攻兵』の真実と最後の選択
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この前代未聞の出撃で中心となったのが、当時23歳だった谷藤徹夫少尉です。青森県出身の徹夫少尉は、高い操縦技術を持つ優秀な飛行教官であり、部下や周囲から絶大な信頼を寄せられる心優しい青年士官でした。
そんな彼と満州で新婚生活を送っていたのが、妻の朝子(旧姓・大西)です。東京の裕福な家庭で育ち、清楚で聡明な朝子は、異国の地で見知らぬ厳しい生活環境に戸惑いながらも、夫を献身的に支え続けていました。戦況が悪化の一途をたどるなかでも、ふたりはお互いを深く慈しみ合い、穏やかな家庭を築こうとしていました。
しかし、ソ連軍の急襲によって満州は一瞬にして戦禍に飲み込まれます。基地に避難してきた朝子は、夫が民間人を救うために自らの命を捧げる覚悟を固めたことを、誰よりも早く察知することになりました。