三浦和義のロス疑惑とは何だったのか?銃撃事件から謎の最期まで徹底解説
潮目が完全に変わったのは、1984年1月に『週刊文春』が開始した「疑惑の銃弾」と題する連載記事でした。一美さんには総額約1億5500万円にのぼる巨額の生命保険がかけられており、その受取人が三浦氏であった事実が明るみに出たのです。ここから、「ロス疑惑=保険金殺人」という構図が一気にメディア空間を支配し始めました。
テレビ局は朝から晩まで三浦氏の一挙手一投足を追う劇場型報道を展開。リポーターが三浦氏を取り囲み、プライベートを暴き立てるワイドショーの狂乱ぶりは社会現象となりました。さらに取材が進む中で、銃撃事件前の1981年3月にロサンゼルスで失踪し、後に遺体となって発見された元交際相手・白石千鶴子さん行方不明事件との関連も取り沙汰され、疑惑の目は一層強まっていきました。