なぜ自ら政権を返還したのか?大政奉還の隠された真相と慶喜の狙い
政権を受け取った側の朝廷は大混乱に陥った。摂政や関白といった伝統的な公家政治の枠組みでは、欧米列強との条約交渉や近代軍隊の運用など到底不可能だったからだ。慶喜の読み通り、朝廷は事態の収拾を図るため、すぐさま「当面の政務は従来通り徳川家が処置せよ」との委任命令を出さざるを得なくなった。
慶喜のビジョンは、旧来の封建制を脱し、西洋の議会政治をモデルにした大統領制的な「首長制」の導入だった。自らが絶対的な執政権を持ち、全国の有力藩主を議員として配する構想である。形式上の君主として朝廷を掲げつつ、実権は依然として徳川が握る。一見すると自滅に見える大政奉還は、旧態依然とした幕府機構を解体し、自分に権力を集中させるための断行だった。