愛人と側室は何が違う?「妾」の歴史的真実と現代に続く法的境界線
「妾」「側室」「愛人」。これら3つの言葉は混同されやすいが、歴史的背景と社会的承認の度合いにおいて明確に一線を画す。
最も身分秩序に組み込まれていたのが「側室」だ。武家社会や天皇家において、主たる目的は「お家騒動を防ぐための跡継ぎ確保」に尽きる。側室を迎えることは主君個人の情欲ではなく、組織防衛のための公務に近い性質を帯びていた。生まれた子も身分上は正妻の子として扱われるなど、家全体の厳密な統制下にあった。
これに対し「妾(めかけ)」は、より私的な色彩を帯びつつも、当事者間や地域共同体において半ば公然の関係として承認されていた。経済的扶養を条件に「妾宅」を構えさせ、生活費や住居を提供する契約的側面が極めて強い。人目を忍ぶことが前提である現代の「愛人」とは異なり、かつての妾は「囲い者」として周囲に周知されているケースが珍しくなかった。
日陰の存在でありながら、社会構造の裏面として可視化されていた点こそが、現代の愛人と決定的に異なる。