ぐっさんこと山口智充の現在地!地上波激減の真相と表現者の矜持
テレビ業界における彼のスタンスの変化は、決して受動的なものではない。2000年代初頭、あらゆる民放局が彼を取り合い、過密なスケジュールの中で消費されていく日々が続いた。しかし、ものまね、歌唱、芝居、コントのすべてにおいて一切の手抜きを許さない彼にとって、薄利多売のバラエティ出演は自らのクリエイティビティを摩耗させる危険を孕んでいた。
「自分が本当に面白いと思えるもの、体温の通ったものだけを届けたい」。その頑固なまでの職人魂が、全国ネットのベルト番組から自発的に距離を置く契機となった。吉本興業の枠組みの中にありながら、タレントとしての大量消費を拒み、ライフワークとなる仕事へと舵を切った決断は、今振り返れば表現者としての延命ではなく、進化のための必然だったと言える。