「おっぱい」の語源は女房言葉?古文書が暴く意外すぎる言葉の歴史
この言葉の地域的な広がりと音韻の変遷を解く鍵は、昭和の碩学たちの研究の中にある。
日本民俗学の創始者である柳田國男は、全国の方言を比較民俗学の視点から採集した。柳田の『方言覚書』や育児民俗に関する調査によれば、東北地方から九州・沖縄に至るまで、母乳や乳房を指す言葉には「チチ」「オトト」「オッパ」「ピピ」など驚くほどの多様性が存在した。中央で生まれた言葉が波紋のように地方へ伝播していく方言周圏論の観点からも、「おっぱい」が近世の都市部を中心に勢力を拡大していった過程がうかがえる。
一方、日本語の音韻史を深く追究した言語学者・金田一春彦は、半濁音(パ行音)の持つ心理的効果に着目した。古日本語においてパ行音はファ行音、さらにはハ行音へと変化していったが、幼児語や擬態語の世界では生命力豊かに生き残った。「おっぱい」の持つ促音(っ)と半濁音(ぱ)の組み合わせは、弾力性や親しみやすさ、柔らかな触感を想起させる特別な音韻構造を持っていると論じられている。