黒柳徹子とユニセフ40年の軌跡|無給の親善大使が貫く支援の真相
黒柳徹子さんがユニセフ親善大使に就任したのは1984年2月のことでした。映画俳優のダニー・ケイ氏らに続き、世界で歴代4人目、そしてアジア出身者としては史上初の抜擢という歴史的な出来事でした。
この大役を引き受ける直接の契機となったのが、1981年に出版された自伝的小説『窓ぎわのトットちゃん』です。自身の幼少期を描いた同作は日本国内で記録的なベストセラーとなっただけでなく、世界数十カ国で翻訳出版され、国際的な大反響を呼びました。著書の印税をもとに社会福祉法人「トット基金」を設立し、ろう者劇団の支援などを自ら始めていた黒柳さんの行動力に、当時のユニセフ事務局長ジェームズ・グラント氏が強く着目したのです。
グラント事務局長から直々に親善大使への就任要請を受けた際、黒柳さんは最初から即答したわけではありませんでした。当時の手記やインタビューによると、彼女は「有名人の名義貸しのような形だけの活動なら引き受けられない。実際に自分の目で現場を見て、飢えや病気に苦しむ子どもたちの真実を自分の言葉で日本に伝える役割を果たせるならお引き受けしたい」という強い条件を提示したと伝えられています。
この「現場主義」と「言葉の力で橋渡しをする」という覚悟こそが、現在まで途切れることなく続く支援活動の原点となりました。