塩瀬総本家の饅頭が愛され続ける理由とは?歴史と評判を徹底解剖
塩瀬総本家の歩みは、日本の和菓子史そのものです。1349年、中国(元の時代)から建仁寺の禅僧・龍山徳見に請われて来日した林浄因は、奈良の地で日本初の饅頭を作り出しました。当時の中国の点心(マントウ)は肉を使っていましたが、肉食が禁じられていた仏教寺院の僧侶のために、甘く煮た小豆を包み込んだのが「日本の饅頭」の起源です。これが宮内や貴族層で大評判となり、後村上天皇から「日本第一番本舗」の看板と紅白の暖簾を賜るに至りました。
戦国時代から安土桃山時代にかけて、塩瀬の饅頭は歴史の表舞台に幾度も登場します。特に徳川家康との深いゆかりは有名です。三方ヶ原の戦いにおいて、家康公が敗走の途中で塩瀬の饅頭を兜に盛って神仏に戦勝を祈願し、その後の逆転劇へと繋がった逸話や、本能寺の変に際する「伊賀越え」の危機を塩瀬の主人が救った功績により、江戸開府とともに幕府の御用商人として重用されました。現在も志ほせ饅頭に描かれる家紋風の意匠には、こうした武将たちとの命がけの信頼関係が刻み込まれています。