菅正剛の現在と処分後の動向|東北新社接待問題と知られざる経歴
音楽活動に打ち込んでいた正剛氏のキャリアが劇的に転換したのは、2006年のことです。父である菅義偉氏が第1次安倍内閣において総務大臣として初入閣を果たした際、正剛氏は弱冠25歳前後で「大臣秘書官(公設秘書)」に抜擢されました。
民間や音楽活動から突如として国家中枢の公職に就いたこの人事について、当時菅義偉氏は「バンド活動を辞めさせ、社会勉強をさせるためだった」と後に説明しています。約9ヶ月間の大臣秘書官時代に、正剛氏は総務省内の高級官僚や通信・放送行政のキーマンたちと強固なパイプを築くこととなりました。
秘書官退任後の2008年、正剛氏は映像制作・衛星放送大手である株式会社東北新社へ入社します。同社創業者の植村伴次郎氏と菅義偉氏が旧知の仲であったこともあり、正剛氏はメディア事業部を中心に異例のスピードで昇進を重ねていきました。最終的には「メディア事業部統括」やグループ会社の役員クラスにまで登り詰め、衛星放送チャンネル「ザ・シネマ」や「囲碁・将棋チャンネル」などの事業展開を指揮する立場となっていました。