欽ドン歴代出演者の現在と最高視聴率38%の伝説|イモ欽の舞台裏
1970年代中盤から1980年代前半にかけて、日本のテレビ界はまさに萩本欽一の独壇場でした。『欽ドン!』『欽ちゃんのどこまでやるの!?』(テレビ朝日系)、『欽ちゃんの週刊欽曜日』(TBS系)のレギュラー3番組で合計視聴率100%を叩き出し、「視聴率100%男」の異名をとった萩本欽一 伝説の起点となったのが、この『欽ちゃんのドンとやってみよう!』です。
1978年に記録された欽ドン 最高視聴率は、ビデオリサーチ関東地区調べで38.8%。深夜番組からゴールデン帯(月曜夜8時)へ進出し、当時裏番組で圧倒的な強さを誇っていたTBSの『ナショナル劇場』(水戸黄門など)と互角以上に渡り合いました。なぜこれほどの熱狂を生み出すことができたのか。その最大の勝因は、「視聴者を共犯者にするハガキ職人システム」と「徹底したリアリズムの追求」にありました。
当時の報道や制作関係者の証言によると、番組には毎週数万通に及ぶハガキが殺到していました。それらのハガキを選別し、ネタとして磨き上げるプロセスには、後に日本のエンタメ界を牽引する若き欽ドン 放送作家陣(秋元康、大岩賞介、詩村博史ら)が深く関わっていました。萩本は机上のギャグではなく、「街の普通の人々が日常で感じる違和感や哀愁」をすくい上げ、徹底した稽古によってミリ単位の「間(ま)」を構築したのです。