北公次が命懸けで暴いたジャニー喜多川の闇『光Genjiへ』告発の真相
『光GENJIへ』がミリオンセラーを記録したにもかかわらず、なぜ当時の社会はこの問題を放置したのでしょうか。最大の要因は、大手マスメディアによる徹底的な黙殺と忖度構造にありました。
当時、ジャニーズ事務所はトップアイドルを次々と輩出する芸能界の巨大勢力へと成長しており、テレビ局各社は番組制作や視聴率の確保のために事務所への配慮を最優先しました。新聞や大手出版社もスキャンダルを報じることをタブー視し、北氏の告発は完全に黙殺されました。北氏自身もテレビ界から完全に締め出され、芸能活動の場を奪われることになります。
その後、1999年に『週刊文春』がジャニー喜多川氏の性加害を追及する大々的な連載を開始。事務所側は名誉毀損で文藝春秋を提訴しましたが、2003年の東京高裁判決において、ジャニー氏による少年たちへのセクハラ(性加害)行為の真実性が法的に認定されました。翌2004年には最高裁判所で判決が確定しています。にもかかわらず、この確定判決すら大手メディアはほぼ報道せず、結果として北氏の命懸けの告発はさらに20年近く封印され続けることになりました。