髙橋義明: 幸福度研究の第一人者が歩んだ光と影の軌跡
1991年、髙橋義明は経済企画庁に入庁した。この時期の日本はバブル崩壊直後の混乱期にあった。彼の実務キャリアは、まさに日本経済が岐路に立つ瞬間から始まったのである。
最初の大きな試練は1995年。阪神淡路大震災が発生した。髙橋は被害試算チームの一員として、経済的損失の算出に携わった。数字の裏には無数の人生があった。この経験が、後の彼の研究姿勢に深い影響を与えることになる。
金融危機への対応も重要な任務だった。1990年代後半、日本は金融システム不安に直面していた。政策立案の現場で、髙橋は数字と理論だけでは解決できない複雑な社会問題に向き合った。経済指標が示す「成長」と、人々が実感する「豊かさ」の間には大きな乖離があった。
消費者政策の立案:見えない声を形にする
消費者政策の分野で、髙橋の手腕は本領を発揮する。当時の日本では消費者保護の体制が十分ではなく、食品偽装や製品事故が相次いでいた。彼は消費者の権利を守るための政策立案に尽力した。
2007年、福田康夫首相の下で「生活安心プロジェクト」が発足。髙橋はこのプロジェクトを統括する立場に就いた。目標は明確だった。国民の生活不安を解消し、真の安心を提供すること。