太宰治『正義と微笑』に学ぶ勉強の意味とは?「兄の名言」と教養の本質

太宰治『正義と微笑』に学ぶ勉強の意味とは?「兄の名言」と教養の本質の詳細について、分かりやすい解説を取りまとめてご紹介します。

本作の白眉であり、現在も多くの読者の胸を打ち続けているのが、進が抱いた「学校の勉強は将来何の役に立つのか」という疑問に対し、敬愛する実兄・芹川圭助が返した言葉です。

日常の生活で微分積分や物理の公式を直接使う機会は、専門職に就かない限りほとんどありません。進の素朴な疑問に対して兄の圭助は、小手先の功利主義を一蹴する決定的な哲学を語り聞かせます。

「学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つのかたちが残る。これだ。これが教養というものだ。だから、多少の苦労をして記憶したということが、大事なんだ。カルチベートされた高い人格を養うためのものなんだ」

ここで登場する「カルチベート(cultivate)」という言葉は、本来「土地を耕す」「土壌を改良して作物を育てる」という意味を持ちます。知識を蓄積すること自体がゴールではなく、難解な事象に向き合って頭を悩ませ、思考の汗を流すプロセスこそが、人間の内面という土壌を耕す行為なのだと兄は説いたのです。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。